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最高裁判所第二小法廷 昭和50年(行ツ)123号 判決

上告人

仙台中税務署長

石田孝一

右指定代理人

宮村素之

外五名

被上告人

今野幸治郎

右訴訟代理人

勅使河原安夫

主文

原判決を破棄する。

第一審判決中被上告人の昭和三七年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分の取消請求に関する部分を取り消す。

仙台北税務署長が被上告人に対して昭和四一年三月一二日付でした昭和三七年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分中、納付すべき税額三一八万九三二〇円及び過少申告加算税額一五万〇二五〇円を超える部分を取り消す。

前項の処分に関する被上告人のその余の請求を棄却する。

被上告人のその余の控訴を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人貞家克己、同鎌田泰輝、同筧康生、同中野昌治、同藤井光二、同宮村素之、同河村幸登、同鈴木貞冏の上告理由について

第一本件の経過

一本件につき原審が確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。

被上告人は、訴外福島栄吉(以下「訴外福島」という。)に対し、昭和二一年九月一五日から、被上告人所有の本件土地を賃貸し、昭和二七年以降賃料は一か月金三五〇〇〇円、毎月二五日払であつたところ、被上告人は、昭和三〇年八月、訴外福島に対し、同年九月以降の賃料を一か月坪当たり金二〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、これに基づき、昭和三二年一月八日、仙台地方裁判所に賃料請求の訴を提起し、次いで、同年一〇月六日、賃料不払を理由に本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をし、同月七日、右解除を原因とする建物収去土地明渡及び賃料相当の損害金の支払を求める訴を同裁判所に提起した。同裁判所は、昭和三五年一一月一八日、訴外福島に対し、本件土地上の建物を収去して本件土地を被上告人に明渡すべき旨を命ずるとともに、延滞賃料及び契約解除後の賃料相当の損害金等の支払を命じ、かつ、担保を条件とする仮執行宣言を付した判決を言い渡した。訴外福島は、右判決に対し仙台高等裁判所に控訴したが、同裁判所は、昭和三七年五月二八日、本件土地の賃料が昭和三〇年九月以降一か月一三万一〇六六円二五銭(坪当り一〇五〇円)に増額されたこと、本件土地の賃貸借契約は賃料不払により昭和三二年一〇月六日限り解除されたこと、解除後の賃料相当の損害金は、同月七日以降同年一二月末日まで一か月一八万七二三七円五〇銭(坪当り一五〇〇円)、昭和三三年一月一日以降本件土地明渡ずみまで一か月二〇万五九六一円二五銭(坪当り一六五〇円)であること、以上の各事実を認定したうえ、訴外福島に対し、本件土地上の建物を収去し本件土地を被上告人に明渡すべきことを命ずるとともに、(1)滞納賃料二六五万七〇二三円九一銭(うち増額分は二四二万〇二四九円七一銭)及びこれに対する昭和三四年一一月四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、(2)賃料相当の損害金四六四万四六九七円九八銭及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、(3)同年九月一日以降本件土地明渡ずみまで毎月二〇万五九六一円二五銭の割合による賃料相当の損害金の各支払を命じ、かつ、被上告人が金一九八万円の担保を供することを条件とする仮執行宣言付判決(以下「別件第二審判決」という。)を言い渡した。訴外福島は、更に、上告したが、最高裁判所は、昭和四〇年二月一九日上告棄却の判決を言い渡し、別件第二審判決は確定した。被上告人は、訴外福島から、右事件が上告審に係属中である昭和三七年中に金九五九万六二〇〇円、昭和三九年中に金七一〇万五九六一円(以下「本件各金員」という。)の各支払を受け、本件各金員は別件第二審判決が認めた各債権の弁済に充当された。仙台北税務署長は、被上告人が受領した本件各金員は、それを受領した各年分の収入金額として計上されるべきであるとして、昭和三七年分及び同三九年分の所得税にかかる各更正及びこれに伴う各過少申告加算税の賦課処分(以下「本件各処分」という。)をした。

二原審は、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号。以下「旧所得税法」という。)一〇条は、収入金額が生じた時期を決定する基準について、その収入の原因となる権利が確定的に発生した時点で所得の実現があつたとする建前(権利確定主義)を採用しているものと解すべきであるが、仮執行宣言付判決に対する上訴提起後に支払われた金員は、それが全くの任意弁済であると認めるに足る特別の事情のない限り、民訴法一九八条二項にいう「仮執行宣言ニ基キ被告カ給付シタルモノ」にあたると解すべきであるから、本件各金員は仮執行宣言付の控訴審判決に基づいて支払われたものと推定されるところ、仮執行宣言に基づく給付にかかるものである以上、右各金員の支払では仮の弁済あつて他日本案判決が破棄されることを解除条件とする暫定的なものにすぎないから、右各金員の支払をもつてその支払の原因である権利が確定したものとみることはできず、本件各金員中従前の賃料に充当された部分は、従前の賃料の支払期の属する年分の収入金額を認め、その余の金員は、別件第二審判決が確定した昭和四〇年二月一九日にその権利が確定したものというべきであるから、昭和四〇年分の収入すべき金額と認めるのが相当である、と判断した。

三論旨は、要するに、本件各金員にかかる収入金額の計上時期についての原審の判断は旧所得税法一〇条一項の解釈適用を誤つたものであり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

第二当裁判所の判断

一旧所得税法は、一暦年を単位としてその期間ごとに課税所得を計算し課税を行うこととしているのであるが、同法一〇条一項が右期間中の収入金額の計算について「収入すべき金額」によるとしていることから考えると、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があつたものとして右権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される(最高裁昭和三九年(あ)第二六一四号同四〇年九月八日第二小法廷決定・刑集一九巻六号六三〇頁、同昭和四三年(オ)第三一四号同四九年三月八日第二小法廷判決・民集二八巻二号一八六頁)。そして、右にいう収入の原因となる権利が確定する時期はそれぞれの権利の特質を考慮し決定されるべきものであるが、賃料増額請求にかかる増額賃料債権については、それが貸借人により争われた場合には、原則として、右債権の存在を認める裁判が確定した時にその権利が確定するものと解するのが相当である。けだし、賃料増額の効力は賃料増額請求の意思表示が相手方に到達した時に客観的に相当な額において生ずるものであるが、賃借人がそれを争つた場合には、増額賃料債権の存在を認める裁判が確定するまでは増額すべき事情があるかどうか、客観的に相当な賃料額がどれほどであるかを正確に判断することは困難であり、したがつて、賃貸人である納税者に増額賃料に関し確定申告及び納税を強いることは相当でなく、課税庁に独自の立場でその認定をさせることも相当ではないからである。また、賃料増額の効力が争われている間に賃貸借契約が解除されたような場合における原状回復義務不履行に基づく賃料相当の損害賠償請求権についても右と同様に解するのが相当である。

ところで、旧所得税法がいわゆる権利確定主義を採用したのは、課税にあたつて常に現実収入のときまで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することとしたものであることにかんがみれば、増額賃料債権又は契約解除後の賃料相当の損害賠償請求権についてなお係争中であつても、これに関しすでに金員を収受し、所得の実現があつたとみることができる状態が生じたときには、その時期の属する年分の収入金額として所得を計算すべきものであることは当然であり、この理は、仮執行宣言に基づく給付として金員を取得した場合についてもあてはまるものといわなければならない。けだし、仮執行宣言付判決は上級審において取消変更の可能性がないわけではなく、その意味において仮執行宣言に基づく金員の給付は解除条件付のものというべきであり、これにより債権者は確定的に金員の取得をするものとはいえないが、債権者は、未確定とはいえ請求権があると判断され執行力を付与された判決に基づき有効に金員を取得し、これを自己の所有として自由に処分することができるのであつて、右金員の取得によりすでに所得が実現されたものとみるのが相当であるからである。また、右のように解しても、仮に上級審において仮執行の宣言又は本案判決の取消変更により仮契行の宣言が効力を失つた場合には、右失効により返還すべきこととなる部分の金額に対応する所得の金額は、当該所得を生じた年分の所得の計算上なかつたものとみなされ(旧所得税法一〇条の六第一項)、更正の請求(同法二七条の二)により救済を受けることができるのであるから、なんら不都合は生じないのである。

二本件についてこれをみるに、原審が確定した事実によれば、被上告人は、訴外福島に対し賃料増額請求をしたのち賃料請求訴訟を提起し、次いで、本件土地の賃貸借契約を解除し原状回復義務不履行に基づく賃料相当の損害金請求の訴訟を提起し、これを認容する別件第二審判決を得たが、右事件の上告審係属中仮執行宣言に基づく給付として本件各金員を受領し、右各金員は別件第二審判決が認めた各債権の弁済に充当されたというのであるから、本件各金員中滞納賃料のうちの従前の約定賃料に充当された分を除くその余の部分については、前述したところに照らし、各受領の時期の属する年分の収入金額として所得を計算すべきものといわなければならない。これと異なる原審の判断は、ひつきよう、旧所得税法一〇条一項の解釈適用を誤つたものというべきであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

三よつて進んで被上告人の請求について判断する。原審が確定した事実によれば、別件第二審判決が認容した契約解除前の滞納賃料二六五万七〇二三円九一銭のうちには増額賃料分二四二万〇二四九円七一銭を除いた従前の約定賃料二三万六七七四円二〇銭が含まれ、昭和三七年中に被上告人が受領した九五九万六二〇〇円のうちに右従前の賃料に充当された分があつたことは明らかであるところ、右従前の賃料は、すでに本件土地の賃貸借契約が解除された昭和三二年一〇月六日以前の約定にかかる各支払期日において権利が確定しているとみるべきものであるから、右従前の賃料に充当された分については右金員を受領した昭和三七年分の収入金額に算入すべきものではなく、これを除いた九三五万九四二五円(円未満切捨)が昭和三七年分の収入金額に算入されるべきものである。また、昭和三九年中に被上告人が受領した金員は全部契約解除後の賃料相当損害金に充当されたというのであるから、前述したところによれば、全部昭和三九年分の収入金額に算入されるべきものといわなければならない。

そうすると、仙台北税務署長がした昭和三七年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税の賦課処分中、総所得金額八三四万〇二七二円(更正にかかる総所得金額から前記の除かれるべき従前の約定賃料額を控除した金額)並びにこれにより算出した納付税額三一八万九三二〇円及び過少申告加算税額一五万〇二五〇円を超える部分は違法というべきであり、また、昭和三九年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分は違法でないというべきである。したがつて、第一審判決中昭和三七年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課処分の取消請求に関する部分を取り消し、右部分につき、仙台北税務署長のした処分中前記違法な部分を取り消すとともにその余の被上告人の請求を棄却し、昭和三九年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分の取消請求に関する部分の控訴を棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条但書を適用し、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 吉田豊 本林譲 栗本一夫)

上告代理人貞家克己外七名の上告理由

原判決には、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号。以下「旧所得税法」という。)一〇条一項にいう「収入すべき金額」の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。

一 本件の第一審以来の争点は、被上告人が、訴外福島栄吉(以下単に「訴外福島」という。)に賃貸してきた土地について訴外福島を相手方として増額地代、建物収去、土地明渡し及び賃料相当の損害金の支払を求める民事訴訟(以下「別件民事訴訟」という。)を提起し、その上告審係属中に右訴訟における仮執行宣言付第二審判決による勝訴額の範囲内において訴外福島から昭和三七年度に支払を受けた合計九五九万六二〇〇円及び昭和三九年度に支払を受けた合計七一〇万五九六一円の各金員から確定申告分の各四二万円を控除した金額が被上告人の右各年度の収入金額に該当するか否かである。

右の争点につき、原判決は次のとおり判示して上告人の主張を排斥し、被上告人の本訴請求を認容した。

すなわち、原判決は、被上告人が訴外福島に対する別件民事訴訟における控訴審において、昭和三七年五月二八日、担保を条件とする仮執行宣言付認容判決を得たこと、訴外福島が右判決に対して上告したこと、被上告人が、右上告審係属中である昭和三七年七月一八日、仮執行宣言付第二審判決に基づき、訴外福島らが仙台法務局に供託した保証金(仙台高等裁判所昭和三五年(ウ)第一七四号強制執行停止決定申請事件で福島らが供託したもの)及びこれに対する利息金合計四三五万一二〇〇円の取戻請求権の差押・転付命令を得、そのころその支払を受けたこと、被上告人が、同年一〇月一〇日ごろ夜間執行の許可を得て訴外福島ほか一名の有体動産を差し押さえたところ、訴外福島は同月二九日控訴人に対し五〇〇万円を支払い、残額も支払計画をたてて支払うから執行を待つてもらいたい旨申し出て、被上告人はこれを了承し、執行を解除したこと、訴外福島が上告人主張のその余の各金員(ただし、福島が昭和三七年一月から同年七月まで一箇月三万五〇〇〇円の割合で供託した計二四万五〇〇〇円を除く。)の支払を受けた(以上の各金員の支払を受けた点は当事者間に争いがない。)こと、以上の各事実を確定した上、右金員は、仮執行宣言付第二審判決に基づいて支払われたものと推定されるところ、右推定を揺るがすに足る証拠はなく、右金員の支払は仮執行宣言に基づくものであるとし、「右金員の支払は、仮の弁済であつて、他日本案判決が破棄されないことを解除条件とする暫定的なものにすぎないと解するのが相当である(大審院大正一五年四月二一日判決・民集五巻二六六頁)から、被控訴人〔上告人〕主張の各金員の支払をもつて権利確定とみることはできず、」右増額に係る賃料及び損害金は、「いずれも第二審判決の確定した昭和四〇年二月一九日確定したものというべきである。」と判示している。

しかしながら、原判示金員に係る収入金額の帰属時期についての原判決の判断は、旧所得税法の解釈適用を誤るものである。

二1 旧所得税法は、不動産所得の課税標準につき、「不動産、不動産の上に存する権利又は船舶の貸付け(地上権又は永小作権の設定その他他人をして不動産、不動産の上に存する権利又は船舶を使用せしめる一切の場合を含む。)に因る所得(第四号又は第八号に規定する所得を除く。以下不動産所得という。)は、その年中の総収入金額から必要な経費を控除した金額」(九条一項三号)と規定し、収入金額、必要経費等の計算につき、「第九条第一項第一号、第二号、第五号及び第六号に規定する収入金額は、その収入すべき金額(金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合においては、当該物又は権利の価額、以下同じ。)により、同項第三号、第四号及び第七号乃至第十号に規定する総収入金額は、その収入すべき金額の合計金額による。」(一〇条一項)と規定する。

旧所得税法は、右のように、納税義務者に一定の所得が存することを前提とし、その「収入金額」は、「収入すべき金額」をいうことを明らかにしている。そして、所得は、経済的実質によつては握すべきであり、「収入金額」の計上時期についても、同様な観点から、納税義務者がその所得につき実質的、経済的に利益を享受し得る時期において計上されるべきものである。そして、原判決の確定した事情の下においては、原判示賃料及び損害金は、被上告人が訴外福島から現実にその支払を受けた前記各年度における被上告人の収入金額として課税されるべきである。その理由を以下に詳述する。

(一) そもそも、所得税法における所得は、一定期間の間に納税者に生ずる経済的利得であり、あくまで、経済的事象を対象とする経済上の概念である(金子宏「租税法における所得概念の構成(一)」法学協会雑誌八三巻九・一〇合併号一二五五ページ)。所得税法が所得を課税標準としているのは、所得が担税力の表象とするに適しているからにほかならない。しかして、担税力は経済的、実質的には握すべきであるから、経済的利益が担税力を認め得る程度に支配享受される状態に達するならば、その時期において右経済的利益は課税適状として所得税法上の収入となり、課税の対象となるのであつて、また、必ずしもその経済的利益を収受保有するについて私法上の保護があることを必要としないのである(金子宏「テラ銭と所得税」ジユリスト三一六号三一ページ)。このことは、既に裁判例において確定しているところである。例えば、利息制限法による制限超過の既収の利息・損害金に対する課税につき、最高裁判所昭和四六年一一月九日第三小法廷判決・民集二五巻八号一一二〇ページは、「課税の対象となるべき所得を構成するか否かは、必ずしも、その法律的性質いかんによつて決せられるものではない。当事者間において約定の利息・損害金として授受され、貸主において当該制限超過部分が元本に充当されたものとして処理することなく、依然として従前どおりの元本が残存するものとして取り扱つている以上、制限超過部分をも含めて、現実に収受された約定の利息・損害金の全部が貸主の所得として課税の対象となるものというべきである。もつとも、借主が約定の利息・損害金の支払を継続し、その制限超過部分を元本に充当することにより、計算上元本が完済となつたときは、その後に支払われた金員につき、借主が民法に従い不当利得の返還を請求しうることは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和四一年(オ)第一二八一号同四三年一一月一三日大法廷判決・民集二二巻一二号二五二六頁)、これによると、貸主は、いつたん制限超過の利息・損害金を収受しても、法律上これを自己に保有しえないことがありうるが、そのことの故をもつて、現実に収受された超過部分が課税の対象となりえないものと解することはできない。」とし、また、統制法規違反のやみ所得につき、名古屋高等裁判所昭和二六年六月一四日判決・高裁刑集四巻七号七〇四ページは、「所得税法、法人税法の建前は適法行為に因る所得と違法行為に因る所得とを区別せず、苟くも収支計算上利得となる場合には総て之を『所得』として課税の対象と為したものと謂うべく、従つて犯罪行為に因る所得と雖も理論上所得としての構成要件を具備する場合に於ては等しく課税の対象となるものと謂わなければならない。」としている。

(二) このように所得税法が課税対象となる「収入すべき金額」とは、元来その利得について生ずる経済的成果に着目した概念であり、したがつて、その経済的利得が私法上の保護を受けるものであるかどうかを問わず、社会経済上の実態に即して判断されるべきものであり、それが法律的に保護された請求権でない場合であつても、当該経済的利益が担税力を認め得る程度に支配享受される状態、すなわちその利得の現実化が事実上強制されているような事情があると認められる状態に達していれば、経済的、実質的に見て、課税の対象となり得る収益の実現があつたと解すべきものである。

そして、右のような実質的見地からする経済的観察方法は、所得概念の決定についてのみならず、いつの段階で課税すべきかという課税時期の点についても妥当すると解すべきである。したがつて、旧所得税法一〇条一項が「収入した金額」ではなく、「収入すべき金額」と規定していることは、同法が、現実の収入がなくても、その収入の原因たる権利が確定的に発生した場合には、その時点で所得の実現があつたものとして、右権利発生の時点の属する年度の課税所得となるという建前、いわゆる権利確定主義を採用しているためである。

(三) しかしながら、この権利確定主義における権利の確定的発生とは、当該権利について既判力を生じ、又は当該権利の存在についてじ後不可争の効力を生ずるという意味における訴訟法上の確定のごとき法的な権利義務の確定を意味するものではなく、あくまでも経済的、実質的な見地からは握すべきものであつて、そのことは、所得という概念が、前述したように「経済的利得」を対象とし、そこに担税力を認めて課税するものであることからも明らかである。このように所得税が「経済的利得」が生じたところに担税力を認めて課税する税である限り、所得の課税時期は、「経済的には利得者がコントロールを及ぼし、自己のために事実上自由に享受しうる経済的利得」(前記金子宏「テラ銭と所得税」ジユリスト三一六号三三ページ)を得た時点でとらえるのが最も合理的といわなければならない。したがつて、かかる経済的利得を自己のために事実上自由に享受し得るようになつた時点として、最も明確な時点を考えると、それは現実に収入があつた時点であるといわなければならないのであるが、課税に当たつて常に現実に収入があつた時まで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期し難いところから、現実の収入より早い時点において「経済的利得」の発生をとらえる考え方として、権利確定主義という原則が存在するのである。つまり、権利確定主義は、後に現実の収入のあることを当然の前提としてこれより早い時期に「収入すべき金額」を認識しようとするものにほかならない。すなわち、旧所得税法一〇条一項が「収入すべき金額」としているのは、仮に現実の収入がなくとも、それ以前に担税力が実現している以上は、その時点で課税し得ることを認めたものにほかならない。したがつて、担税力の実現という見地から右の「収入すべき金額」を解釈するならば、現実の収入がない場合について、いつ「収入すべき金額」となつたかを判断する余地が残されているとはいうものの(この判断の基準として、権利確定主義が採られている。)、少なくとも現実の収入、すなわち「収入した金額」は、もはやその時点において担税力の増加ないし実現が明らかであるから、これを旧所得税法一〇条一項でいう「収入すべき金額」の解釈の中に含ませても何ら不当ではないのである。

このことは、最高裁判所昭和四九年三月八日第二小法廷判決・民集二八巻二号一八六ページにおいても、次のとおり確認されているところである。「もともと、所得税は、経済的な利得を対象とするものであるから、究極的には実現された収支によつてもたらされる所得について課税するのが基本原則であり、ただ、その課税に当たつて常に現実収入のときまで課税できないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入すべき権利の確定したときをとらえて課税することとしたものであり、その意味において、権利確定主義なるものは、その権利について、後に現実の支払があることを前提として、所得の帰属年度を決定するための基準であるにすぎない。」と。

2(一) ところで、被上告人が訴外福島に対し、賃貸土地の賃料につき増額請求の意思表示をしたことを理由として別件民事訴訟を提起し、仮執行宣言付判決に基づき右増額に係る賃料及び損害金として、昭和三七年度において合計九五九万六二〇〇円(ただし、増額前の賃料を含む。)、昭和三九年度において合計七一〇万五九六一円(前同)の各支払を受けたことは、当事者間に争いがないものとして原判決の適法に確定するところである。

(二) 賃料増額請求による相当賃料は、賃貸人の増額の意思表示の効力を賃借人が争わない限り、賃貸人は、いつでもその権利を行使することができるのであるから、増額後の賃料に係る所得は、右の意思表示の時点以後に生じた賃料債権の履行期が到来した時に「収入すべき金額」となる。しかしながら、賃借人が賃料の増額について同意することなく抗争している限り、その紛争に係る裁判が確定するまでは、増額すべき事情が生じているかどうか、客観的に相当な賃料額がいかほどであるかを算定することが困難であり、賃貸人の請求した賃料の増額がそのとおりに実現する蓋然性は、経済的に見て乏しいものと見られるし、納税者に申告及び納税を期待することはできず(本件において、被上告人も、この段階では増額部分の賃料収入の申告をしていない。)、また、課税庁においても、大量的、回帰的に発生する課税関係において民事訴訟におけると同様な審理を行うことは不可能であり、課税のめいりよう、確実を期するためには、収入すべき権利はいまだ確定していないものとして扱わざるを得ないのである。

また、仮執行宣言付判決の言渡しがあつても、担保の提供を条件として仮執行を許すもの、債務者の担保提供を条件とし仮執行の免脱を許すものもあり(民訴法一九六条)、また、仮執行の宣言は上訴の提起によつて執行停止される余地が多分にあり(民訴法五一一条、五一二条)、経験的に見て、仮執行の宣言があればそれが執行される蓋然性が高いともいえない。したがつて、現実に執行されればともかく、単に仮執行宣言付判決が言い渡されただけでは、経済的利益が実現しているとはいい難い。

(三) しかしながら、本件のごとく、民事訴訟の係属中ではあつても、その増額賃料等の支払を受けた場合には、右支払のない場合とは明らかに事情を異にする。すなわち、現実に金銭による支払を受けた場合には、賃貸人は、経済的に見てその利得を現実に支払管理し、これを自己の用途に費消することはもちろん、他人に貸し付ける等して利子所得等をあげることも可能であり、明らかに自己のために利益を享受し得るのであるから、担税力に応じた負担の実現を目的とする課税関係においては、もはやこれ以上課税を猶予すべき理由はなく、その支払を受けた時点において収入すべき権利が確定したものとしては何の不都合もないものというべきである。

原判決は、本件金員の支払は仮執行宣言に基づき給付されたものであり、仮の弁済であつて、他日本案判決が破棄されないことを解除条件とする(正しくは「破棄されることを解除条件とする」というべきであろう。)暫定的なものであることを理由として、右支払の時点における収入すべき権利の確定を否定しているのであるが、その挙げる理由は、本件金員の支払については私法上は後日において清算の余地があることを示すにとどまり、本件金員の支払によつて、被上告人が右金員をじ後自己のために全く自由に支配、管理、処分し得る経済的利益を法の保護により確定的に享受している事実には変わりがないことを看過しているのである。

すなわち、被上告人の有する賃料等請求権は、右の経済的利益を享受し得る程度にまで成熟し、他の単なる事実上の利益等に比してより具象化の進んだ段階にあるということができるのである。

前述したように法の保護を受けない制限超過利息についてさえ、現実に受領すれば課税の対象となる所得を構成するのであるから、法の保護の下に、否むしろ、法の助力によつて現実の支払が完了している本件増額賃料及び損害金が課税の対象となることは当然というべきである。

三1 しかるに原判決が、本件賃料等が仮執行宣言付判決に基づく給付として支払われたことを理由として、被上告人の支払を受けた金員はいまだ所得の計上時期に達していないと判断したのは、所得の計上時期に関する権利確定主義の権利確定という用語にとらわれ、法律的な権利関係がもはや争い得なくなつた状態となつた時期を意味するものと誤解したことによるものである。原判決のかかる考えが誤りであることは、前述したところによつて明らかである。

もし、原判決のような見解を採るときは、事業所得等の場合に、売買代金等について裁判上の争いがあるとき、裁判の確定に至るまで課税ができないという不合理な結果を生ずるのである。

原判決が引用する判例のうち、最高裁判所昭和四七年六月一五日第一小法廷判決は、民訴法一九八条二項の解釈適用に関するものであつて、仮執行宣言付判決に対して上訴を提起した後に、同判決によつて履行を命ぜられた債務につきその弁済としてした給付は、それが全くの任意の弁済であると認められる特別の事情がない限り、「仮執行宣言ニ基キ被告カ給付シタルモノ」に当たるとするにとどまり、それ以上に出るものではない。また、大審院大正一五年四月二一日判決は、仮執行によつて得た弁済の効力の本案確定判決に基づく執行との関係について、右弁済の効力が生じていることを認めた上、その効力は、「確定判決ニ基ク場合ノ如ク確定的ノモノニ非ズシテ、他日其ノ本案判決若ハ仮執行宣言ガ廃棄セラレザルコトヲ解除条件トスルモノ」と解すべきであるとしているものであつて、かえつて上告人の前記主張を裏づけるものでこそあれ、原判示の見解を正当とすることにはならない。したがつて、原判決引用の判例はいずれも何ら原判決の判断を根拠付けるものではない。

2 原判決が右のような判断をしたのは、現実の収入があつた時点で課税することに対しては、後日、判決において仮執行宣言が取り消された場合に不都合が生ずることを予想し、仮の給付であるとしたものと推測される。

しかしながら、そのような場合には、昭和三七年法律第四四号による改正後の旧所得税法一〇条の六第一項によつて、仮執行宣言の取消しにより返還すべきこととなる部分の金額に対応する所得の金額は、当該所得を生じた年分の所得の計算上なかつたものとみなされるので、昭和三七年法律第六七号による改正後の旧所得税法二七条の二(昭和三七年法律第六七号による改正後の昭和三七年法律第四四号附則七条により昭和三七年一月一日以降の事実に適用)の規定により昭和四〇年法律第三六号による改正前の国税通則法二三条一項の規定による更正の請求をすることができ、それによつて納付税額は還付されることになるのであつて、何ら不都合は生じないものといわなければならない。

また、右のような更正の請求の制度自体が、後日返還しなければならない可能性のある所得に課税がなされた場合を是正するための制度であるから、税法は右制度の論理的前提として、いまだ法律上窮極的に確定しているとはいえない権利に基づく所得であつても、一般的に所得税法の課税対象となることを承認しているものと解されるのである(前記金子宏「テラ銭と所得税」ジユリスト三一六号三三ページ参照)。

四 以上のとおり、原判決は、旧所得税法一〇条一項にいう「収入すべき金額」の解釈適用を誤つたものであり、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、速やかに破棄されるべきであると思料する。

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